私のスタンスについて

上の蝶と地球の画像は、自著の表紙用にデザインしたもの

「UFO・スピリチュアルの本を自身も出しているのになぜ厳しい姿勢でいるのですか?」という質問を時々受けます。たとえ話で生鮮食品を例に説明させてもらえれば、衛生管理が極めて重要な生ものを扱っているからこそ、それらを安易かつ無責任に販売や拡散をしている者達に厳重な注意を促しているようなものです。困っている人たちのために本当に必要なものを提供したいと願って研究をしている者と、藁をもつかむ思いでいる人たちの心につけこんで利用している者たちとの違いです。

私はUFOやスピリチュアル関連には全く興味はなく、私の全ての本は、マニアではなく、良識ある一般の方々を対象にしています。現代のような先行きが不安定は時代には、人の心の弱みに付け込んで、〝癒し〟や〝救い〟等といった、不安や悩みを表面的に麻痺させる作用をもった巧みな話術で操ろうとする似非スピリチュアルやUFO教のような詐欺商法をする輩が出てくるものです

自分を存在価値を認めてくれる誰かを求めている人にとっては、怪しいと薄々感じていながらも、わずかな望みに掛けてみようと思いがちですが、そういう時には、難しいかもしれませんが、冷静になって慎重に事実を把握することが大切です。

過去から現在までの国内外のUFO映像の99%は誤認や偽造であり、残りの1%は不鮮明すぎて判断のしようがないものです。客観的にニセモノと明白に証明できる映像の幾つかを映像解析の専門家(と自称または紹介されている人たち)が本物と鑑定してはいますが、それが能力の問題なのか大人の事情によるものなのかは分かりません。

そこで私は自分で確認するしかないと思い、UFOが目撃されるという人里離れた標高千m級の山岳地等で深夜に観測を試み、尾を引かずに高速でジグザグ飛行をする発光体の映像を撮影し、後日に違う場所でなぜか全く同じ航跡を描く高速発光体も撮影しました(航跡は日本列島を方位通りに描いているようでした)。それらは超常現象に懐疑的な研究グループの方たちすらも、「UFOとしか言いようがない」と結論づけました。

しかしそれはあくまでも「正体不明の未確認の飛行物体」という意味であり、地球外生命体(俗に言う宇宙人)が関係するかどうかは全く別の問題です(該当する電磁気的な自然現象はありませんが、未知の自然現象ということもありえるからです)。

関連は不明ですが、全く同じ航跡を描く高速発光物体を北海道と神奈川で撮影する直前に、同一人物かと思われる清楚な雰囲気の女性が突然に目の前に現れ、その内の一人は忽然と目の前から姿を消したという不思議な出来事がありました(2回目の光体は彼女の後を追うように飛行したため、偶然に後ろ姿だけ撮影しました)。

ある小型の飛行物体(8センチほど)は、下降して寺の門をくぐりぬけて遠方の地面に着地していましたが、翌日に映像再生するまで私は着地には気づかず、飛び去ったものだと思っていました(映像から速度を計算すると、最低でも時速80キロ以上でした)。その寺院は鎌倉時代のUFO出現を建立起源とするものです。

私自身は自分が映像を偽造していないことを知っていますので、現時点において個人的には自分が撮影したものだけが世界で唯一の本物のUFO映像と言い切れるものです。しかし私は自分が特別であるとは思いません。実際に、証拠映像はなくとも、信頼できる目撃や遭遇体験をした方々からお話を聞いてきました。情報提供者の方々に対する守秘義務がありますので詳細は一切語れませんが、信ぴょう性の高い遭遇体験をしている人たちは、それを公表せず、無関心を装っている場合が多く、自己アピールをしている人たちのケースは信用性がないものばかりであるのが現状です。

とても残念なことですが、精神世界やUFO界の人々と接してきた経験を通して思い知らされたことは、UFO、オカルト、スピリチュアルの分野で情報を発信または拡散や信奉をしている人たちの大半は、程度の差はあっても、心を病んでしまっている人、虚言癖の持ち主や思いこみの強い人、または現実逃避的な人、あるいは詐欺師的な人たちがほとんどです。

そういう人たちを批判しているのではありません。これらの分野は非常に重要であるからこそ、彼らの中途半端な甘い姿勢や妄想が、その他の大多数の一般市民がこれらの分野に真面目な関心を寄せる前に門前払いをしてしまっている現状を憂いているのです。ですから、彼らが自己満足や逃避や商売に利用している状況には、「全く興味がない」と、あえて突き離して、一線を画しているのです。実際のところ、UFOやスピリチュアル界は嘘やニセ情報に溢れたゴミ屋敷状態です。

私は、我々より文明が進化しているはずの知的生命体が地球を観察しに飛来している可能性を中立的かつ科学的な目線で検証しています。ただし、肯定または否定の願望や疑似科学への傾注度が強い人たちには、私の姿勢は中立的でも科学的でもないと感じられるでしょう。

中には「全ての情報をマスコミ等で宣伝拡散する」人たちを中立的だと評価する声もありますが、それは「何でもOK」という無責任な姿勢に過ぎず、実際には情報発信側の利益と受け手側の好奇心の満足という需要と供給を成立させる便宜上の中立性でしかなく、この分野の情報や研究の信頼性を低下させています。真の中立性とは、私心を挟まずに偏らない見方をすることです。

私はただ真実が知りたいという気持ちしかなく、UFO肯定派の人のほぼ全員が持っているような「UFOが存在してほしい」という私的願望は皆無ですので、偏った見方は邪魔でしかありません。

私が検証を続けている理由は、国内外の天文学者は高等生命体の住む他の惑星の存在を常識として認めているからですが、同時にもし相手が精神的にも進化しているなら、私の人生のテーマである武道の神髄 ― 誰も傷つけず、闘いを避ける為の自己鍛錬 ― という観点で深い関心を持っているのです

UFO等との遭遇体験記を私が出した理由は、国内外のUFO映像等を検証した結果、誤認や偽造ではない本物と思えるものが皆無に近かったので、自分で確認するしかなく、またこの分野の人には、おかしな人が多かったので、UFOと遭遇できなければキッパリと縁を切ろうと思ったのが動機です。しかし、縁を切ろうとすると不可解な飛行物体や存在に遭遇してしまうのです。

CGや模型による派手なUFO映像が数多く出回っていますので、私の撮影した映像は地味なものですが、私自身が疑い深く検証を重ねても正体が分からなかったため、前述したように、本格的に懐疑的検証をしている方たちに見て頂いたところ、どの方々も「まさにUFOとしかいえない」と口を揃えておっしゃいました。光学的な基本知識を持つ人なら、これが照明や夜光虫や星などではありえないことが分かるでしょう。