ジョージ・アダムスキーについて

私の自著と既刊本の増刷版(およびアマゾンレビュー)に記載しましたが、アダムスキーが1952年に撮影したという円盤写真は、1930年代に製造されたランタン(Model L46S )を利用したものであることは、以下に掲載した比較画像を見れば明白です。小学生の子供が見ても完全にアウトな証拠ですので、真偽の議論の余地は全くありません(ランタンは実は1930年代ではなく最近製造されたものではないかという苦しい詭弁を弄する人たちもいますが、当時のカタログ等も存在し、オークションで幾つも出回っているものですので、世界中の人たちが骨董品を偽造して鑑定家全員を騙すことなどありえません)

具体的に解説すれば、吊り下げ金具の取り付け口の四角い穴と、円盤船体にある不可解な四角い穴の位置と形状が正確に一致している点(円盤の四角い穴の左半分に見える白いものは下部の球体用の接着部かと思われます)及び、その他の多くの完ぺきな一致点(丸窓の列と四角い船体の穴の位置関係、丸窓の下の段々の形状、丸窓から見える反対側の丸窓の位置、頂部など)も含めて、偽造は間違いのない事実です。丸窓の上の壁の縦幅が違いますが、壁の上部の色が薄く帯状になっており、これはランタンにドーム型の屋根(車のタイヤのハブキャップの可能性あり)を接着した境目である(つまり、元の壁の長さは同じである)ことが分かります。

アダムスキーの円盤写真の窓はなぜか真っ黒で、日光を反射しているはずの窓のガラスが確認できない。しかしひとつの丸窓の中に白く丸いものが写っている。ランタンの丸い穴にも同様のものが写っている。つまり、ガラスがないために反対側の丸い穴が見えているのである。

60年間もこれが公に指摘されなかったのは、通常は吊り下げ金具を外す人がいないので、水平方向から見た穴の一致には気づかないからでしょう。ましてやランタン使用者がUFOに関心が無ければ、比較すらしないでしょう。また、支持者の中には、気づいても黙っていた人たちもいるかもしれません。実際に、私が偽造に気づいて複数の支持者たちに告げても、誰もそれを認めようとも否定しようともせず、現時点では沈黙したままでいます。中には「公開をすべきではない」と私に助言する人たちもいて、最終的には私の人格批判となりました。真実を隠ぺいするサイレンスグループを批判していた人たちなのに、まさに「ミイラ取りがミイラになる」ありさまです。

ランタンは、上の傘よりも燃焼部の網の部分のほうが劣化が激しいので、傘が網よりも新しく見えるという指摘は、使用経験がない人の感想でしょう

さらにアダムスキーが晩年に発表した8ミリフィルムも、斜め半分に切った木製円盤模型を透明板に貼り付けて撮影したものであることも、綿密な検証の結果、間違いのないこととなっています。

ただし、アダムスキーの後年の変化に失望して彼から離反した側近(キャロル・ハニー)に私が直接取材したところ、ハニーはアダムスキー派から裏切り者扱いされているにも関わらず、「アダムスキーの最初の体験は紛れもない事実である」と述べ、その理由としては、アダムスキーの体験が事実であることを政府機関が把握していた文書を見たことと、アダムスキーが公開を禁じられていた月面写真(兵舎と人物が写っていたもの)をハニーが目撃していることで、ハニーは「アダムスキーがあの写真を公開していれば、宇宙船に乗って月面上空を飛行したことの決定的な証拠になるのに、彼は公開しませんでした。それを禁じていたのが政府なのか異星人なのか、彼は言わなかった」と述べました。

キャロル・ハニー。アダムスキーは彼の後継者として若き青年ハニーを指名し、ハニー本人も異星人からその旨を事前に聞かされていたというが、古くからの弟子の嫉妬により濡れ衣をきせられ追放されてしまう。彼はその人物の名を私信で私に伝えてくれた。

ではなぜUFO写真やフィルムはニセモノなのかという疑問が生じますが、アダムスキーが体験記において、彼が目にした円盤は、半透明のガラスのような船体をしていたと描写しています。彼は円盤内部は見えなかったと書いていますが、秘書のルーシーは別の機会に「宇宙船は半透明だったので内部の構造が透けて見えて、複数の人物も確認できた」と、英国のUFO研究家のティモシー・グッズのインタビューで述べています。

これらのことから推察すると、アダムスキーが撮影した写真や8ミリフィルムには、半透明で内部が透けてみえる宇宙船が写っていたために、公開が禁止されてしまったことが考えられます。なぜかというと、円盤の推進原理のヒントを与えてしまうことになるからです。フリーエネルギーの推進装置が地球人に開発されてしまうと、戦争に利用されるだけでなく、他の惑星への侵略行為にさえつながる恐れがあるはずだからです。ですので、公開を禁止したのは、異星人側ではなかったかと思われます。

では、なぜ模型を使った偽造写真をあえて掲載してまで体験記を出したかについては、当時の水爆、原爆実験の加速により現実味を増していた核戦争が、地球だけでなく太陽系のバランスにすら影響を与える重大な危険性があったため、嘘も方便として使われたのではないかと推察されます。写真があったからこそ体験記はベストセラーになったのです。

以上はあくまでも推測ですが、私は他人の体験談や証拠資料を鵜呑みにはしない主義なので、地球外生命体の飛来の可能性を調べるために、標高の高い山岳地帯や、人のいない冬場の海辺で徹夜で観測する試みを何度か続け、半透明の未確認飛行物体の目撃や撮影をしたことがあり、すべての場合において、未確認飛行物体は光に包まれており、金属の船体が露出したものではありませんでした。その実体験から、本物のUFOは、完全に静止していない限りは、船体は半透明に見え、内部構造が見えてしまうものであることを知りました。宣伝のつもりはありませんが、詳細は私の本でも説明しています。

UFOや異星人との遭遇体験談に対しては、信じるか、信じないかの二者択一に分かれてしまっていますが、私は実際はそのような単純なものではないように思います。

同様のいわゆる〝アダムスキー型UFO〟を多数撮影した、「東海岸のアダムスキー」こと、コンタクティのハワード・メンジャーにも私は取材をしましたが、彼は1991年の告白本において、「実は私が宇宙船と遭遇した直後に、米国政府から接触があり、私の体験の公開は、世間の反応を見る実験として、政府と協力して行うように要請された」と、半ば強制的に組まされたことを告白し、その際に、政府から〝資料〟の提供を受けたと語っています。その資料がUFO写真(つまり模型)であったかどうかについて、メンジャー側からは回答を得られませんでしたが、写真や8ミリ映像には偽造の可能性も見られます。しかし、注目すべきことは、メンジャーも自身が間近で見た円盤は〝半透明の金属〟であったと驚きをもって自著に記しているのですが、彼の公開した円盤写真にも船体が半透明に見えるものはなぜか一枚もないのです。

ハワード・メンジャー
ハワード・メンジャー夫妻の共著

残念ながら、アダムスキー信奉者の多くは、彼の本(と言っても代筆者によるものですが)の全てを文字通りに受けとめない者は敬遠し、私のことを「陰謀組織の一員」とも言っていますが、私は現時点ではまだアダムスキーの体験を擁護している立場でいます。しかし残念なことに、アダムスキー派の人からは、「支持者が不安になるので、我々に一切かかわらないでほしい」と、締め出しをくらいました。真実に向き合うのが怖いのでしょう。

ちなみに、一般にアダムスキーのUFO写真をニセモノだと否定する人達の根拠として、写真のピントの不自然さが指摘されていますが、出版当時、英国と日本の出版社が写真の輪郭が綺麗に見えるように修正していますので、オリジナルの米国版の写真を見れば、ピントの不自然さはなく、写真は望遠ズームではなく、望遠鏡に取り付けたカメラで直接焦点で撮影されていますので、ピントの点では不自然さはありません。

左から、米国版オリジナル、修正された英国版、さらに修正した日本版

ただ、光の反射等は、日光の反射にしては非常に不自然で、複数の照明で金属模型を照らしたもののように見えます。具体的に言えば、下部の球体には3つの光源で照らしたような反射が見え、また、船体に光が反射しているにもかかわらず、窓ガラス部分には全く反射しておらず、同じ角度でランタンを撮影した場合とまったく同じ位置に反対側の丸穴がのぞいてみえるので、実際には窓ガラスはなく、ランタンと同様のただの丸い穴であることが明白です。また、アダムスキーは著書で、円盤の頂部に付いているのは輪のように見えるが実際は丸い球であると釈明していますが、影の輪郭から見て、ランタンの頂部と同じ輪であることも明白です。

さらに、ある方が調べた結果、円盤の着陸ギア(コンデンサー)と呼ばれている丸い球の直径は、船体がランタン利用だと仮定した場合、卓球のピンポン球の直径(当時の規格の38mm)とピッタリ一致したそうです(アマゾンレビュー掲載の比較画像を参照)。昔のピンポン球には赤色もあったようですが、円盤写真(右上)の左の着陸ギアには色がついているようにも見えます。また、ピンポン球には中央に赤道のような細いライン(つなぎ目)がありますが、円盤のギアにも中央に太めの帯状のラインが見え、なぜかその真ん中に薄っすらと細いラインが見えますので、ピンポン球のラインを隠すために帯状に塗った可能性もあるでしょう。彼のUFO写真の全ては端が切れて写っており、宙に浮いている証拠はありません。また、望遠鏡に取り付けたカメラで撮影した「飛行中の」物体とは考えにくい写り方をしています。

証拠の真偽判定の話になると、「真実かどうかよりも、伝えられたメッセージが大切」という意見も出されますが、証拠が本物かニセモノかが明確に見抜けない感性では恥ずかしいと思います。私は子供のころから、アダムスキーのスカウトシップの写真に宇宙のフィーリングを感じることがどうしてもできなかったので、「これは単なるモノクロの写り具合でブリキっぽく見えているだけで、肉眼で見ればきっと素敵なフィーリングが感じられるはずだ」とずっと自分に言い聞かせていました。そういう違和感の〝フィーリング〟が土台にあったので、ランタンとの致命的な一致を目の当たりにしたときは、これまで抑え込んでいたものが一気に心のダムを決壊させた感じでした。

なお、アダムスキー撮影の8ミリフィルム(通称:ロドファーフィルム)の円盤について私がまとめた画像入りの検証レポートは70頁近くになりますが、要点だけいえば、円盤の船底の中央に見える小さな突起は、よく見れば中央部分ではなく、端のほうにあり、それは木製模型を斜め半分に切断した際に、切り株のように残ってしまった「3つ目の着陸ギア」です。またフィルムには最初に遠くの空に現れた円盤が、つづく別背景のコマではカメラの至近距離に来ており、遠方から徐々に近づいてくる(大きくなって見える)シーンがありません。これはミニサイズの模型と大きめの模型の二種類を分けて撮影した証拠です。途中で正体不明の閃光が背景に見えますが、これは透明板(アクリルまたはガラス)を傾けた際に日光が反射する位置と一致します。

また、円盤の底面は、初期の写真の円盤と全く違い、完全な平面となっています。これがフォースフィールド(船体磁場)の影響ではないことは、その平面に着陸ギアの影が明瞭に写っていることからも明らかです。

左がフィルムの円盤、右が写真の円盤。底面の構造が異なっている。

さらに、写真とは違い、頂部の球体がフィルムの円盤では小さな膨らみだけとなっており、これは周囲の輪郭の明瞭さから、フォースフィールドによって消えて見えるという説明は成り立たず、頂部に輪のついた金属製のランタンを利用せず、切断加工しやすい木製の模型を使ったためであると思われます。つまり、円盤写真の頂部が球体ではなく、輪に過ぎないことをさらに裏付ける証拠となっています。

フォースフィールドの影響による船体の変形があるというのなら、なぜ船体の左側にはまったく変形が見られず、すべての変形の形は、斜め半分に切った模型を左右前後に傾けた際に(視覚上は)見られる変形と正確に一致するのか、支持者たちは何一つ説明はできませんでした。説明できる人がいましたら、私に連絡をください。フィルムの円盤の変形が磁場によるものではなく、傾きを変えただけのものであることは、船体底面のラインが常に綺麗な一直線であることからも簡単に分かります。底面の輪郭は透明板に貼り付けた境界線なので、模型を前後左右に傾けても直線のままなのです。

左側はアダムスキーが撮影した8ミリフィルムのコマ。右側は半分に切った模型を透明な板に貼り付けたもの。どちらも底辺の輪郭(赤ライン)は常に綺麗な一直線。底辺の輪郭は模型を透明板に貼り付けた境界線なので模型を前後左右のどちらに傾けても常に直線に見える。見かけ上の変形は右側のスカート部分のみ(緑ライン)。円盤の左半分には全く歪みは見られない(黄ライン)。それは模型を傾けた際の見かけ上の歪みと一致している。

模型を透明板に貼り付けたトリックは、すでにずっと昔にUFO研究家の高梨純一氏ら複数の人たちが見破っていました。ただ、海外でも紹介された高梨氏の模型は、〝半分に〟切断したものでしたが、アダムスキーのフィルムの円盤と比べると、外見上の変形が似てはいるものの、一致していなかったので、私は違和感を覚えていました。しかし綿密に検証する過程で、半分ではなく、〝斜め半分に〟切断すると、円盤の変形と正確に一致することが分かり、偽造に間違いないと私は確信したのです。以上、細かい点ですが、重要なところでもありますので、補足しておきます。

UFO研究家たちの中には、「アダムスキーのUFOはナチスの円盤を模倣したもの」あるいは「彼はナチスのUFOに遭遇したのだ」と、訳知り顔で語る人たちもいますが、いわゆるナチスの円盤写真はアダムスキーよりもずっと後の時代に突然に公開されたもので、偽造や合成の疑いが極めて高く、誰かが書いたとされる円盤イラストは、アダムスキーのUFO写真を解析したレナード・クランプのイラストを模倣したのが明らかですので、後世のUFOマニアのイタズラ陰謀論とみなしてよいものです。

以上のような説明は、特にアダムスキーに強い思い入れがあるわけではない第三者的(一般的)な立場の人には納得がいくものだろうと思います。けれども、リアルタイムでアダムスキーを知る世代の諸先輩方の集う掲示板で私がランタンとの一致を指摘したところ、最初は余裕のある態度で私を諭し始めた方々が、反論しようもない証拠を私が次々と示すと、「アダムスキーが使ったという模型の実物を貴方が入手しない限り、有効な証拠にはならない」と、無理難題を言い、最終的に「閲覧者を不安にするので、この掲示板へはもう来ないで下さい。規定により貴方の書き込みを禁止します」と、追い出されてしまいました。

今でもUFOのイラストによく使われる、この釣鐘(ベル)型円盤ですが、意外なことに、リアルタイム世代のアダムスキー派の人達にとっては、この形状は魂の奥底から”宇宙のフィーリング”を感じさせる格別のものであるようです。彼らを擁護する意味では、中心に磁気柱があるこの円盤は、座禅を組んだ姿勢の人体チャクラを示した図に似ている感じがして、自然エネルギーで推進するUFOと人体の進化型が一致するようにも見えます。また、磁石を用いたフリーエネルギー装置を研究している人たちから見ると、底面に3個の球があるこの円盤は、永久エネルギーを発生させる仕組みを示しているそうです。

ところが、アダムスキー本人は、この円盤写真を公表した数年後に、「このタイプよりも進化した円盤があり、中心に磁気柱はない」と説明しながらも、写真の公開はありませんでした。これを聞いて私は 「地球よりも何万年も進化しているという異星人が、地球みたいな短いスパンで、蒸気機関車から電車にモデルチェンジするようなことをするんだなあ」と不思議に思いましたが、ずっと後になってから財団から、「地球人に昔の記憶を呼び覚まさせるために、あえてレトロなベル型を最初に見せたのだ」と説明があり、それなら納得できると思いつつも、さずがにあのベル型は現代の地球の宇宙船よりも原始的に見えるから、釈明せざるを得ないだろうなあとも思いました。

けれども、ランタン等と形状も寸法もほぼ一致している事実は無視できないので、あえて擁護する解釈をすれば、先に述べた理由により、本物をリアルに公開するわけにはいかなかったので、身近な材料を使ってレトロタイプのUFOを再現したと言えなくもないと思います。ただ、思い入れの強いアダムスキー世代の人たちは、致命的ともいえる客観的な証拠を示されても、どうしても納得できず、本物であるという印象をこのベル型(通称アダムスキー型)UFOから感じていると強く主張なさることが多いです。

それらは単なる意固地さではない、心からの気持ちであるようなので、私なりに分析すると、それはちょうど、卵の殻を破って出てきた鳥のヒナが、最初に目にした動くものを母親だと信じるように、リアルタイムで初めて見た円盤がアダムスキー型だった世代には、これこそが本物だと言う確信が刻印されてしまったのではないかと推察されます。

以前に、大リーグで活躍したある日本人投手は、母子家庭で育った幼児期に、母親が買っておいてくれた冷蔵ハンバーグの味こそが最高だと感じていて、何億円もの年俸をかせぐようになっても、高級ステーキより、その100円のハンバーグを食べるといっていました。それは世間一般の価値観や常識で否定することはできない、個人的な感覚だといえます。

ただ、ランタン模型利用の致命的な証拠に対しては、頭ごなしの否定しかできない支持者の人たちが、アダムスキーを神格化する傾向があるのは、一般的な宗教とも共通するものです。彼は1952年11月に砂漠に着陸した円盤から出てきた金星人とコンタクトしたのが公的には最初の遭遇とされていますが、それ以前から「現在の西暦は61年遅れている」という情報源の不明なことを述べていました。ただ、アダムスキーが生まれた1891年の61年後が1952年となりますので、これを神聖視するか、意図的と見るかは意見が分かれるところです。

また、1952年のコンタクト以前に彼が出した「宇宙のパイオニア」というSFスタイルの本の著者名は、アダムスキー教授(Professor George Adamski)となっており、彼は弟子たちに教授と呼ばれていたそうですが、実際には博士号は取得していません。コンタクト後に彼が組織したGAPは、Get Acquainted Program の略ですが、日本語訳の「知らせる運動」というのは、かなり意訳で、「精通する」という意味もありますが、一般的な訳としては「知り合いになる運動」となります。私はこれは少し不自然なネーミングのように感じるとともに、もしかしたら George Adamski Professor (アダムスキー教授)の意味も兼ねているのかなと思いました。

彼を神格化している人たちからは、不敬なことを言っていると叱られるでしょうが、世間一般の目から見れば、私は中立というよりは、かなりアダムスキーを擁護している見方をしているはずです。

UFOや異星人の存在を信じない人や否定する人よりも、偏った見方や、ゆがんだ信じ方をしている人のほうが、事実に直面した際にそれを受け入れる姿勢が示せないものだと思います。