愛犬の思い出

小学校5年生のころ
下校途中の道すがらにあった空き家の奥から
「キャン キャン」
子犬が元気に吠える声がするのを友人のK君が気づきました
それが僕と愛犬ラッキーとの出会いでした
ラッキーを飼い始めてからすぐに
明らかにラッキーの母親と思われる真っ白な犬が
ラッキーとよく似た真っ白な子犬たちを引き連れて
空き地を歩き回っているのを見かけました
ラッキーはシッポを振って母親のもとへ戻ってきました
でもしばらく遊ばせたあと
僕は再びラッキーを家族から引き離して
家へ連れて帰らなければなりませんでした
捨て犬の生活に戻すわけにはいかなかったのです
母親と離れ離れにしてしまうのは可愛そうでしたが
ラッキーは名残惜しそうに家族を振り返りながらも
僕といっしょに家に戻ってくれました
捨て犬としてこの先どうなるか分からない未来よりも
人間に飼われたほうがずっと幸せになれる
そう勝手に僕は思っていたのでした
でも庭にクサリでつながれたままで
1日1回の散歩を楽しみにしていたラッキーは
はたして本当に幸せだったのかな?
今となってはそう思うこともあります
ラッキーの母親と兄弟たちはその後は姿を見かけなくなったので
もしかしたら保健所で処分されてしまったのかもしれませんが
それと比べてラッキーが犬の寿命をまっとうできたわけではありません
わずか3歳ほどの若さで ラッキーは病死してしまいました
家の隣が竹林になっていて 蚊がたくさんいたので
夏の間は犬小屋の前に昼間は蚊取り線香を炊いて
夜には玄関の中に入れていたのですが
容態の異変に気づき獣医に連れていったころは
すでに手遅れの状態になっていました
当時僕の住む地域では フィラリアの予防接種は
まだ一般的ではなかったのかもしれませんが
飼い主失格であることは間違いありません
僕が死なせたのです
ラッキーの運命が定めた寿命ではなかったと思います
ラッキーは僕の誕生日の前日に天に召されました
「自分のことを忘れてほしくないから この日を選んだんだろうな・・」
そんなふうに僕は感じました
それから僕もいろいろと忙しい高校生活が始まり
だんだんとラッキーのことを日々の生活の中で思い出すことはなくなりました
そうやってさらに歳月が過ぎ
社会人となった僕にとってラッキーは遠い過去の思い出となりました
でも 不思議なことに
夜見る夢の中にラッキーがときどき現れては 僕にじゃれついてきました
夢ではよくあるように 僕はラッキーが既に死んでいることは忘れて
当たり前のように いっしょに遊んでいました
そして夢から覚めてみて 初めてラッキーがもういないことを思い出し
「もういちど 抱きしめたいな」 と思いながら
「幸せな生涯を過ごさせてあげられなくて かわいそうなことをしたな」
そんな後悔の思いに包まれて 胸が痛くなりました
死んだ犬の魂がどこへ行ってどうなっているかは僕には分かりませんでした
「ラッキーがまだどこかで寂しい思いをしていて、僕を呼んでいるのかな・・」
「自分のことを忘れて欲しくなくて 思い出してほしくて 夢に出てくるのかな・・」
そんなことを思いながらも ときどきラッキーと夢で会ったときは
それが日常のひとコマであるかのように 普通に接していたのでした
仕事でタヌキのポンタのイラストを描いている時も
心のどこかでラッキーを思い出していました・・
そんなある日の夢の中・・
ラッキーと僕は 「ペットと泊まれるホテル」 のような場所にいました
部屋のドアの入り口に28歳位の優しそうな女性が立っていて
「この子が一泊するのに必要なものは全て揃えてベッドの下に置いておきました」
そんなふうに僕に説明してくれたように記憶しています
それから なぜかラッキーと僕は人間の言葉で会話ができたのです
「海と山のどっちに行きたい?」
僕がそう聞くと
ラッキーは男の子の声で答えました(ラッキーはオスでした)
「ボクは山がいいな」
僕自身は海のほうが好きだったので ちょっと期待はずれに感じましたが
いっしょに二人で・・いや一人と一匹で 里帰りしてみることにしました
むかし僕が住んでいた家 つまりラッキーと一緒に過ごした家にです
そう思った瞬間に僕たちは家の前の道路にいました
なつかしいなあと思って家とその近所を眺めていると
ラッキーが陽気な声で言いました
「竹林はなくなっちゃったんだね」
「ああ・・そうだね、伐採されて隣に家が建ったからね」
僕がラッキーの意外な言葉にやや戸惑っていると
・・僕は夢から覚めました
まだ夢うつつの状態で 僕はふと思いました・・
「なぜ竹林のことなんか聞いたんだろう・・」
そして はっと気づきました
「そうか、竹林が伐採されたのはラッキーが死んだ後だったんだ」
僕はその時まで 竹林のことは一度も回想したことはありませんでした
「もしかしたら 本当にラッキーの魂が夢に出てきたのかもしれない」
そんなふうに感じて またふと気づきました
「もしかしたら あの女性が今の飼い主なのかな?」
そして、生まれ変わったラッキーがあの優しそうな女性に飼われているのなら
今の僕のところで飼われるよりも幸せだろうな・・・そんなふうに思いました
そう言えば
ラッキーのことを思い出して感傷的になっている僕とは対照的に
ラッキーはとてもサラッと明るい感じでした
それはまるで 
罪の意識に苦しんでいる僕のために
「しょうがないな・・一度会ってあげるかな・・」
なんて思って わざわざ出てきてくれてきたかのようでした
不思議なことに それ以来 ラッキーが夢に現れることはなくなりました
同時に なんだかラッキーは今は幸せに過ごしているような気がしたせいか
僕が後悔の思いでラッキーを思い出すことも ほとんどなくなりました
今あらためて思うと
もし「竹林」のことがなければ 
僕はあの夢を自分の潜在的願望の象徴と思っていたことでしょう
今までは
「もうあんなに悲しい別れをしたくないから ペットは飼いたくない」
そう思ってきましたが 最近はなんとなく 
もういちど犬を飼ってみたいなって少し思うようにもなりました
そして以前までは
「ラッキーが僕のところへ生まれ変わってきてほしい。今度は幸せにしたい」
そう願うこともありましたが
あの飼い主の女性を見てからは その思いは消えました
僕の罪滅ぼしの気持ちよりも ラッキーの幸せのほうが大切ですから・・
人でも 動物でも
愛する相手のために 
「もっと いろいろなことをしてあげたかった」
そう後悔するのは とてもつらいです
本当に とてもつらいものです
だから そんな思いをしなくてすむように
愛する人たちの幸せを確認できる人生を送りたい
それは自分勝手な気持ちかもしれないけれど
自分が苦しみたくないだけのエゴかもしれないけれど
でも 
後悔するのは とてもつらいから
愛する人たちが 幸せな一生を過ごしてくれることが
僕の人生の最大の望みです

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