私のスタンスについて

上の青い蝶と地球の画像は自著の表紙用にデザインしたものです。淡いピンクの薔薇の画像は、ロマンティックでお洒落な意味ではなく、いばらの惑星と言われる地球を象徴したもの・・・かもしれませんが、たまたま職場に贈られた薔薇が綺麗で写真に撮ったものです。

私はUFOやスピリチュアルの業界と関わり合いにはなりたくありません。そこは現実逃避や娯楽を求める人たちと、その受け皿となってビジネスをする詐欺師たちで溢れかえっているからです。実際にそこで私に接近してきた異常者たちにストーカー行為をされ、警察に対応してもらって被害は食い止めましたが、私の名前が世間に出るたびに、それが刺激となって迷惑行為をされます。

「UFO・スピリチュアルの本を自身も出しているのになぜ厳しい姿勢でいるのですか?」という質問を時々受けます。たとえ話で生鮮食品を例に説明させてもらえれば、衛生管理が極めて重要な生ものを扱っているからこそ、それらを安易かつ無責任に販売や拡散をしている者達に厳重な注意を促しているようなものです。困っている人たちのために本当に必要なものを提供したいと願って研究をしている者と、藁をもつかむ思いでいる人たちの心につけこんで利用している者たちとの違いです。

私はUFOやスピリチュアル関連には全く興味はなく、私の全ての本は、マニアではなく、良識ある一般の方々を対象にしています。現代のような先行きが不安定は時代には、人の心の弱みに付け込んで、〝癒し〟や〝救い〟等といった、不安や悩みを表面的に麻痺させる作用をもった巧みな話術で操ろうとする似非スピリチュアルやUFO教のような詐欺商法をする輩が出てくるものです

自分を存在価値を認めてくれる誰かを求めている人にとっては、怪しいと薄々感じていながらも、わずかな望みを掛けてみようと思いがちですが、そういう時には、難しいかもしれませんが、冷静になって慎重に事実を把握することが大切です。

私は自著や翻訳書を積極的には宣伝していません。情報もしくは真実というものは、求めている人に与えられるべきものであり、受け取る準備ができていない人にとっては意味のないもの、場合によっては苦痛や反発を覚えるだけであるからです。

現在、UFOやスピリチュアルの業界で流行っているもの(書物や指導者など)を見ても、その分野に関心をもつ人たちの多くが、偽りの世界に逃避することを望んでいる傾向が見えることからも、まだ受け取る準備ができているとは感じられません。しかし、そのような自称「意識の高い、目覚めた人たち」とは別に、本当に真実を求めている人たちは、それぞれが知る必要のある情報に触れることが必要であり、そうすることが、この地球社会において、非常に大きな意義を持つものだろうと思います。

「UFOに乗って他の惑星を見てきた」と主張する国内外のコンタクティの体験記で、信ぴょう性が高いと私が思えるものは現時点では一つもありません(全てを否定せずとも、確実に偽りと分かる部分があるということです)。その根拠を支持者達に説明しても、ただ体験記を鵜呑みにしているだけの信者的な反発をされるだけです。直感的に本当だと分かるという感覚は尊重しますが、時間と労力を伴う検証を避けて思考停止しているか、自分がワクワクするから真実だと思い込みたいだけであるのが大半で、不利な証拠を突きつけられると目をそらしてしまいます

過去から現在までの国内外のUFO映像の大半は誤認や偽造です。客観的にニセモノと明白に証明できる映像の幾つかを映像解析の専門家(と自称または紹介されている人たち)が本物と鑑定してはいますが、それが能力の問題なのか大人の事情によるものなのかは分かりません。米政府が認めたというUFO映像も海軍保有の垂直離着陸機と思われます(情報流出も海軍からです)。宇宙軍備に多額の税金を使うことへの批判を緩和するためでしょう。

そこで私は自分で確認するしかないと思い、UFOが目撃されるという人里離れた標高千m級の山岳地等で深夜に観測を試み、尾を引かずに高速でジグザグ飛行をする発光体の映像を撮影し、後日に違う場所でなぜか全く同じ航跡を描く高速発光体も撮影しました(航跡はまるで龍のような形状、もしくは日本列島を方位通りに描いているようでした)。それらは超常現象に懐疑的な研究グループの方たちすらも、「UFOとしか言いようがない」と結論づけました。

しかしそれはあくまでも「正体不明の未確認の飛行物体」という意味であり、地球外生命体(俗に言う宇宙人)が関係するかどうかは全く別の問題です(該当する電磁気的な自然現象はありませんが、未知の自然現象ということもありえるからです)。私自身は光体もしくは半透明の飛行体を目撃/撮影しているだけですので、それらが本当に個体であるのかどうかも定かではありませんが、地面に着地して跳ねた光体の撮影はしています。

関連は不明ですが、全く同じ航跡を描く高速発光物体を北海道と神奈川で撮影する直前に、同一人物かと思われる清楚な雰囲気の女性が突然に目の前に現れ、その内の一人は忽然と目の前から姿を消したという不思議な出来事がありました(2回目の光体は彼女の後を追うように飛行したため、偶然に後ろ姿だけ撮影しました)。

ある小型の飛行物体(8センチほど)は、下降して寺の門をくぐりぬけて遠方の地面に着地していましたが、翌日に映像再生するまで私は着地には気づかず、飛び去ったものだと思っていました(映像から速度を計算すると、最低でも時速80キロ以上でした)。その寺院は鎌倉時代のUFO出現を建立起源とするものです。

私は国内外の神話は何らかの太古の事実を寓話的に残したものであろうと推察はしていますが、それらはあまりに現実離れしているために興味は持てずにいます。しかしながら、私の生涯を通じて、そしてUFO観測を始めて以来も、なぜか「龍」にまつわる体験が続いてきています。専門的な知識を持つ方々からは様々な指摘や知識をいただいています。ただし、龍神等にまつわるスピリチュアル界の人たちの話は、真実からそれているものが大半であるように感じられます(地球人の承認欲求を満たそうとする霊的な者たちの介在を感じさせられます)。

とても残念なことですが、精神世界やUFO界の人々と接してきた経験を通して思い知らされたことは、UFO、オカルト、スピリチュアルの分野には、程度の差はあっても、心を病んでしまっている人、虚言癖の持ち主や思いこみの強い人、または現実逃避的な人、あるいは詐欺師的な人たちが多くいます。

彼らの中途半端な甘い姿勢や妄想が、その他の大多数の一般市民がこれらの分野に真面目な関心を寄せる前に門前払いをしてしまっているのです。ですから私は、彼らが自己満足や逃避や商売に利用している状況には、「全く興味がない」と、あえて突き離して、一線を画しているのです。

私は、我々より文明が進化しているはずの知的生命体が地球を観察しに飛来している可能性を中立的かつ科学的な目線で検証しています。ただし、肯定または否定の願望や疑似科学への傾注度が強い人たちには、私の姿勢は中立的でも科学的でもないと感じられるでしょう。

中には「全ての情報をマスコミ等で宣伝拡散する」人たちを中立的だと評価する声もありますが、それは「何でもOK」という無責任な姿勢に過ぎず、実際には情報発信側の利益と受け手側の好奇心の満足という需要と供給(ビジネス)を成立させる便宜上の中立性でしかなく、この分野の情報や研究の信頼性を低下させています。真の中立性とは、私心を挟まずに偏らない見方をすることです。

私はただ真実が知りたいという気持ちしかなく、UFO肯定派の人のほぼ全員が持っているような「UFOが存在してほしい」という私的願望は皆無ですので、偏った見方は邪魔でしかありません。

私が検証を続けている理由は、国内外の天文学者は高等生命体の住む他の惑星の存在を常識として認めているからですが、同時にもし相手が精神的にも進化しているなら、私の人生のテーマである武道の神髄 ― 誰も傷つけず、闘いを避ける為の自己鍛錬 ― という観点で深い関心を持っているのです

CGや模型による派手なUFO映像が数多く出回っていますので、私の撮影した映像は地味なものですが、 光学的な基本知識を持つ人なら、これが照明や夜光虫や星などの既知のものではありえないことが分かるでしょう

私を応援してくださる方々の中には親切心で、「UFO界で著名な〇〇さんにお願いして、名前を売ってもらったらいいのでは?」とアドバイスをくださる方もいますが、意図的に偽情報を発信してきている人たちと関わり合いになりたくはなく、ストーカー被害にあっていることもあり、フォロワーが欲しいとも思っていません。

逆に見識のある方からは「大衆のUFOへの関心は娯楽だから、あなたは少数の真面目な研究者を相手とする真実の探求者であればいい」と助言をいただきました。ただ、私は常に一般の人のために尽くすことを第一に願っています。そのためには、私の名前などどうでもよく、見えないところから貢献できれば本望で、私の功績を分かってくれる人は身近に少しいてくれれば十分です。大事なのは、誰がではなく、結果として人々が恩恵を受けられるかどうかであるからです。