ジョージ・アダムスキーについて

子供のころ「アダムスキー信者」だった自分への反省も込めて、厳しいことを言います。

アダムスキーのUFO映像に対する模型説は存在しません。ランタン等を使った模型であることは完全に実証されているからです。「説に過ぎない」と、うそぶいているのは、都合の悪い事実から目をそらし、妄想の世界(コンフォートゾーン)に逃避している高齢の“信者”たちだけです。信者の特徴は「平気で嘘をつく」「嘘をつく仲間を擁護する」「嘘を指摘する人を敵視する(遠回しに脅す)」というものです。

致命的な偽造の証拠の数々は後述しますが、反論の余地を失った信者たちは、重箱の隅をつついて逃げ道を探し、古い写真のピンボケ部分を「半透明化した船体だ」等と苦しい詭弁を弄しています(百歩譲ってそれが事実なら、当時の写真にある自動車の大半も半透明の車体だったことになります)。また、不鮮明な写真を加工して(描き加えて)「鮮明なUFOや宇宙人の顔が浮かび上がった」等と言って、失笑を買っています。そして偽造の証拠を示す私に対し、信者は無駄な脅しをかけてきます。霊感商法が恐怖心を利用するのと同じ手口です。

なぜ信者はそこまで盲信をするのか、それは選民意識の快楽を知ってしまったからでしょう。自分たちは選ばれた優秀な地球人だから、進化した惑星へ宇宙船で連れて行ってもらえるというキリスト教の「空中軽挙」に通じる終末論です。実際に彼らはアダムスキーは黙示録のヨハネで、彼が会った金星人はイエス・キリストだったと信じています。

そして信者らは、「地球に大惨事が起これば、自分たちはUFOに空中軽挙されて別の太陽系へ移住させてもらえる」と信じ、世界の終末を熱望しています。ただしアダムスキー自身はそのようなことは一切語っておらず、一部のカルト的な信者が拡大解釈して広めたものです。災害や紛争が起こるたびに「黙示録に預言された破滅の時が来たか!」と喜びを隠せなくなる信者たちの姿は、まさに終わっている人間たちと言えます。

天使と悪魔というキリスト教二元論を、金星人と火星人、あるいは選民と陰謀組織というUFOカルト教に仕立てた信者らは、実際には陰謀組織と同様に、真実を覆い隠し、自らのエゴを満たすために躊躇なく邪魔者を排除しようとします。

私自身は、信者らの終末論は論外として、自身の遭遇体験から、現時点ではアダムスキーの体験の一部に真実が含まれている可能性は否定できないと考えていますが、信者らは、私を悪の陰謀グループの一味だと思っているそうです。私は頭ごなしの否定はせずに、証拠を提示してUFO写真やフィルムの偽造を証明していますが、それに反証できる人は一人もおらず、信者たちは私に対して誹謗中傷をするだけです。彼らは最初は「客観的で科学的な姿勢」を示して私を論破しようとしますが、弁解の余地のない証拠を突き付けられると、「真実は分かる人にしか分からない」「感じ方は人それぞれ」等の逃げ口上で音信を断ちます。

また信者らには、自身を大きく見せるために、UFO目撃や異星人との国内外での遭遇体験について作り話を披露したり、自分は特別に選ばれて秘密情報を得ているという思わせぶりな嘘をついたりする傾向が昔から顕著にあります。それらは社会から評価されない自身の自尊心を満たすための承認欲求から来ているのでしょう。

信者が私の指摘から逃げるために思いついたことは「益子は写真や動画のオリジナルを見てないから、彼の判断は誤っている」という詭弁です。しかしオリジナルを見ている自分たちが偽造を否定する説明は一切しません。オリジナルには偽造がより鮮明に写ってしまっているので、それができないのです。

アダムスキーは晩年に金星と土星を訪れたと言っていますが、それは客観的な事実から見て、彼の創作話の可能性が極めて高いものです(理由は後述します)。また東海岸のアダムスキーといわれたハワード・メンジャーは金星の様子を立体映像で見せられただけで訪問してはいません。

他の惑星を訪れたというコンタクティ達は1950年代から国内外にいますが、信ぴょう性が高いと思えるものはありません。それらの支持者達の主張には明確な根拠はなく、宗教信者と同様のものに思えます。たとえ本人がUFOに乗るのを見た目撃者がいたとしても、その後の話が真実である証拠にはならず、いわゆるアブダクション(UFOに誘拐された人たち)は確実に存在しますが、多くの場合、その記憶を消されたり書き換えられたりしています。

上の掲載画像には「金星の母船の窓から顔を見せている金星人オーソンとアダムスキー」とされる写真がありますが、オーソンとされる画像は、アダムスキーの生活の面倒をみていた協力者(弟子)のアリス・ウェルズとも似ている感じがします(以下の比較画像を参照)

金星人オーソンの肖像画については、実際のオーソンの写真をアダムスキーから見せてもらったというスイスの協力者のルー・ツインスタッグ(心理学者ユングの親族)によれば、肖像画とは全く似ていない男らしい顔立ちだったという。オーソンとされる人物はロスアンゼルスで暮らしていたため、別人の女性の肖像画が発表されたという説もある

かつてはアダムスキーの有能な右腕と言われながらも、後に信奉者から「裏切り者」のレッテルを貼られた青年キャロル・ハニーが存命中に、私は彼に集中的に取材をしましたが、彼はアダムスキーの初期の体験であるカリフォルニアの砂漠に着陸した円盤と異星人とのコンタクト、および宇宙船に乗って月面上空を飛行したことは、紛れもない事実だと述べ、非公開の月面写真(兵舎と人々が写ったもの)と、体験の真実性を伝える政府資料を目にしたと証言しています。

しかし、土星旅行記について、ハニーは「その旅行期間中に、アダムスキーは私と一緒に地球にいた」と証言し、作り話であると述べています。金星旅行記については、アダムスキーの変貌に疑問を示していたハニーには伝えられておらず、アダムスキーは自分を支持する協力者にだけレポートを送っています。金星旅行はクリスマス休暇中の出来事とされていますので、家族のいないアダムスキーとその期間中に一緒にいた地球上の人物は誰もいません。

さらに大きな疑問は、あれだけUFOの写真撮影にこだわっていたアダムスキーが、金星・土星旅行においては1枚も写真を公開しておらず、「土星の風景を撮った写真は宇宙船内の磁気によりネガがダメになった」と釈明していますが、それ以前には〝磁気の影響を受けないように〟船内でポラロイドカメラで撮影した写真と称して公開しています。なぜ使えないと分かっているフィルムカメラを土星旅行に持参したのでしょうか。

また、生前から金星に転生すると言っていたという亡き妻メリーと金星で再会したといいますが、メリーは経験なカトリック教徒で、生まれ変わりは教義に反する概念であり、スイスのルーはアダムスキーから「妻から、もう宇宙人等のことから手を引いてほしいと、ひざまづいて懇願された」と聞いています。ルーが嘘を言う人ならば、ローマ法王との会見に臨んだアダムスキーに関する彼女の目撃証言も嘘である可能性がでてきます。しかしメリーが夫の活動に反対していたことを女性編集者のローラ・モンドが本人から直接聞いています。アダムスキーの熱心に支持者であるローラは、メリーの意識レベルの低さが反対させてしまっているのだろうと考えていました。

メリーの病死直後にアダムスキー宅を訪れていた人たちにアダムスキーは妻の話を一切しなかったので、彼を独身者だと思っていた人もいました。金星旅行記に急に妻を登場させたのは、ずっと後年のことです。そこでは「金星に転生したメリーは、写真を撮られることを拒んだ」とありますが、ここでも証拠が存在しないことへの釈明がなされています。

そしてこれはキャロル・ハニー自身が、「私も矛盾を感じて混乱しているのだが」と私に述べていたことですが、彼によるとアダムスキーは「同乗記にある金星、土星などの太陽系惑星は、一種の暗号であり、実際の我々の太陽系惑星を指すものではない。ゴーストライターのブロジェット女史が出版社に原稿を送る直前に、過去の私の小説を参考にして勝手に惑星名を書いてしまっており、出版後に気づいた時点では訂正ができなかったのだ」とハニーに不満をこぼしていたといいます。これはにわかに信じがたいことで、最初の体験記では相手が金星から来たと書いていたことと矛盾するため、私は彼に再三確認しましたが、ハニーは「確かに彼は私にそう言ったのだ。彼は同乗記を非常に不満に感じていた」と断言しました。

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キャロル・ハニー

では、ハニー自身が遭遇したという異星人は母星についてどう語っていたのかと尋ねると、「彼らは月と火星の基地から来たと言っていた」といいます。そうすると、後年にハワード・メンジャーも言っていたように「金星から来たというのは、金星人という意味ではなく、そこを経由して来たという意味だったのだろう」という推測もできます。さらに彼は「異星人から、私をアダムスキーの後継者に選んだと言われたが、後日にアダムスキーも同様のことを言われたと私に告げた。当時私は彼と険悪な仲になっていたので、私は彼の言葉に非常に驚いた」とも言っていました。しかしハニーはその後に、古くからの弟子の嫉妬を買い、濡れ衣を着せられて追放されてしまいます。彼はその弟子の名を私に告げましたが、それは伏せます。なぜアダムスキーが弟子の策略を咎めなかったのかについても、その理由を把握しています。

私は初期の出版物において、アダムスキーのUFO写真の信憑性の高さについて解説しましたが、現在では否定的な立場を取っています。自著と訳書の増刷版に記載したように、アダムスキーが1952年に撮影した円盤写真は、1930年代に製造されたランタン(Model L46S )を利用したものであることは、以下に掲載した比較画像を見れば明白です。小学生の子供が見ても完全にアウトな証拠ですので、真偽の議論の余地は全くありません。「ランタンは最近製造されたものではないか」という苦しい詭弁を弄する信者たちもいますが、当時のカタログ等も存在し、オークションで幾つも出回っているものですので、世界中の人が骨董品を偽造して鑑定家全員を騙すことはありえません

模型である100%の証拠となる致命的なものは、ランタンの吊り下げ金具の取付口の四角い穴と円盤船体の不可解な四角い穴の完全な一致です。同時に、丸窓の列と四角い船体の穴の位置、丸窓の下の段々の形状なども全て一致しています。

模型であることを認めるわけにはいかない信者たちは、船体の穴の一致からは目をそらし、古い写真のミクロレベルのシミやボヤケなどを重箱の隅をつつくように指摘し、「模型では絶対にありえない超常現象だ」と詭弁を繰り返しています。

その他の一致点も、丸窓から見える反対側の丸窓の位置、頂部など、偶然ではありえないものが無数にあります。円盤の四角い穴の左半分に見える白いものは底面の球体用の接着粘土(パテ)のようなものかと思われます。丸窓の上の壁色が薄く帯状になっているのは、ドーム型の屋根(車のタイヤのハブキャップの可能性あり)を接着した境目と思われます

アダムスキーの円盤写真の窓はなぜか真っ黒で、日光を反射しているはずの窓のガラスが確認できない。しかしひとつの丸窓の中に白く丸いものが写っている。ランタンの丸い穴にも同様のものが写っている。つまり、ガラスがないために反対側の丸い穴が見えているのである。

アダムスキーのUFO写真がランタン模型であることに気づいていながらも公表しなかった著名人がいます。それはアダムスキーを世界的に有名にした本の共著者、デズモンド・レスリーです。彼は2001年に他界する前に、スティーブン・ダービシャー(アダムスキーと同じ型のランタンを用いてUFO写真を撮影したと思われる人物)への手紙の中で、「いまだに1930年代のランプをUFO写真だという人たちがいることは驚くべきことですね」と述べていました。もしかしたら、ずっと文通を続けていたダービシャーが真実を伝えていたのかもしれません。

60年間もこれが公に指摘されなかったのは、通常は吊り下げ金具を外す人がいないので、水平方向から見た穴の一致には気づかないからでしょう。ましてやランタン使用者がUFOに関心が無ければ、比較すらしないでしょう。また、支持者の中にも、気づいても黙っていた人たちもいるかもしれません。実際に、私が偽造に気づいて複数の支持者たちに告げても、誰もそれを認めようとも否定しようともせず、現時点では沈黙したままでいます。中には「公開をすべきではない」と私に助言する人たちもいて、最終的には私の人格批判となりました。真実を隠ぺいする陰謀組織を批判していた人たちなのに、まさに「ミイラ取りがミイラになる」ありさまです。

ランタンは、上の傘よりも燃焼部の網の部分のほうが劣化が激しい。よって、「傘が網よりも新しく見えるのが不自然だ」と指摘する人は実際にランタンを使ったことがないのであろう

普通の人であれば、このような致命的な偽造の証拠を目にすれば、すんなり納得できるもので、それでもまだこの写真が本物だと主張する人達は、世間の目には「狂気の信者」として極めて異様かつ危険な姿に映ってしまっています。ただ、長年アダムスキーを支持していた私自身は、なかなか偽造を認められない気持ちは十分に分かります。

とりわけ年配の支持者の方たちは、このUFOの形状に特別な思い入れがあるようで、ランタン模型などとは断じて認めないという人たちも少なからずいます。私自身はアダムスキーのUFO写真は最初からブリキ模型のように見えてしまい、かなり戸惑いがありましたが、モノクロなのでそう見えるだけだろうと自分を納得させていました。

また、カメラに詳しい方に円盤写真を見ていただいたところ、アダムスキーがいうところの 望遠鏡に取り付けたカメラで “動いている” 物体を撮影した場合、このように鮮明に写るとは考えにくく、画像は近距離で静止している物体を撮影した際の写り方をしているそうです。専門的に見て、望遠鏡に取り付けたカメラで遠方の動く物体を鮮明に撮ることが可能だと思われる方は、説明をいただければ幸いです。

さらにアダムスキーが晩年に発表した8ミリフィルムも、斜め半分に切った木製円盤模型を透明板に貼り付けて撮影したものであることも、綿密な検証の結果、間違いのないこととなっています。

ただ、前述したように、アダムスキーが公開を禁じられていた月面写真を目撃していた側近のハニーは「アダムスキーがあの写真を公開していれば、宇宙船に乗って月面上空を飛行したことの決定的な証拠になるのに、彼は公開しなかった。それを禁じていたのが政府なのか異星人なのか、彼は言わなかった」と述べました。

アダムスキーは彼の後継者として若き青年ハニーを指名し、ハニー本人も異星人からその旨を事前に聞かされていたといいますが、アダムスキーを支えてきた古くからの人物の嫉妬により、機関誌等で事実無根の話を広められたといいます(ハニーはその人物の名前を私に語ってくれました)。アダムスキーはタイプライターが打てなかったので、機関誌等は本人がタイプしていたのではないことも考慮に入れておく必要があります。アダムスキー信奉者の人たちが「そんなことをアダムスキーが許すはずはない」と疑問に持つのは当然のことですが、非常にお世話になった人に対して彼が強く言えない立場にあった状況を私は十分に推察できます。実際のところ、そのような複雑な事情は他の長年の支持者間にもあることを私も目の当たりにさせられてきましたし、このようなことが人間社会に少なからずあることは、あるていど世の中を見てきた人ならば察しがつくでしょう。

話を戻しますが、アダムスキーの体験が事実ならば、なぜUFO写真やフィルムはニセモノなのかという疑問が生じますが、体験記において、彼が目にした円盤は、半透明のガラスのような船体をしていたと描写しています。彼は円盤内部は見えなかったと書いていますが、秘書のルーシーは別の機会に「宇宙船は半透明だったので内部の構造が透けて見えて、複数の人物も確認できた」と、英国のUFO研究家のティモシー・グッズのインタビューで述べています。

これらのことから推察すると、アダムスキーが撮影したものには、半透明で内部が透けてみえる宇宙船が写っていたために、公開が禁止されてしまったことが考えられます。なぜかというと、円盤の推進原理のヒントを与えてしまうことになるからです。フリーエネルギーの推進装置が地球人に開発されてしまうと、戦争に利用されるだけでなく、他の惑星への侵略行為にさえつながる恐れがあるはずだからです。ですので、公開を禁止したのは、異星人側ではなかったかと思われます。

では、なぜ模型を使った偽造写真をあえて掲載してまで体験記を出したかについては、当時の水爆、原爆実験の加速により現実味を増していた核戦争が、地球だけでなく太陽系のバランスにすら影響を与える重大な危険性があったため、嘘も方便として使われたのではないかと推察されます。写真があったからこそ体験記はベストセラーになったのです。

以上はあくまでも推測ですが、私は他人の体験談や証拠資料を鵜呑みにはしない主義なので、地球外生命体の飛来の可能性を調べるために、標高の高い山岳地帯や、人のいない冬場の海辺で徹夜で観測する試みを何度か続け、半透明の未確認飛行物体の目撃や撮影をしたことがあり、すべての場合において、未確認飛行物体は光に包まれており、金属の船体が露出したものではありませんでした。その実体験から、本物のUFOは、完全に静止していない限りは、船体は半透明に見え、内部構造が見えてしまうものではないかと推察しました。詳細は私の本でも説明しています。

UFOや異星人との遭遇体験談に対しては、信じるか、信じないかの二者択一に分かれてしまっていますが、私は実際はそのような単純なものではないように思います。

同様のいわゆる〝アダムスキー型UFO〟を多数撮影した、「東海岸のアダムスキー」こと、コンタクティのハワード・メンジャーにも私は取材をしましたが、彼は1991年の告白本において、「実は私が宇宙船と遭遇した直後に、米国政府から接触があり、私の体験の公開は、世間の反応を見る実験として、政府と協力して行うように要請された」と、半ば強制的に組まされたことを告白し、その際に、政府から〝資料〟の提供を受けたと語っています。その資料がUFO写真(つまり模型)であったかどうかについて、メンジャー側からは回答を得られませんでしたが、写真や8ミリ映像には偽造の可能性も見られます。しかし、注目すべきことは、メンジャーも自身が間近で見た円盤は〝半透明の金属〟であったと驚きをもって自著に記しているのですが、彼の公開した円盤写真にも船体が半透明に見えるものはなぜか一枚もないのです。

ハワード・メンジャー
ハワード・メンジャー夫妻の共著『天使的宇宙人とのコンタウト』

残念ながら、アダムスキー信奉者の多くは、彼の本(と言っても代筆者によるものですが)の全てを文字通りに受けとめない者は敬遠し、私のことを「陰謀組織の一員」とも言っていますが、私は現時点ではまだアダムスキーの体験を擁護している立場でいます。

ちなみに、一般にアダムスキーのUFO写真をニセモノだと否定する人達の根拠として、船体や舷窓の一部が不自然に鮮明である点が指摘されていますが、出版当時、英国と日本の出版社によって、輪郭が綺麗に見えるように修正されて(塗られて)います。以下に列挙した左端の米国版の写真がオリジナルとなります。

左から、米国版オリジナル、修正された英国版、さらに修正した日本版

また、船体への光の反射等は、日光の反射にしては非常に不自然で、複数の照明で金属模型を照らしたもののように見えます。具体的に言えば、下部の球体には3つの光源で照らしたような反射が見え、また、船体に光が反射しているにもかかわらず、窓ガラス部分には全く反射しておらず、同じ角度でランタンを撮影した場合とまったく同じ位置に反対側の丸穴がのぞいてみえるので、実際には窓ガラスはなく、ランタンと同様のただの丸い穴であることが明白です。また、アダムスキーは著書で、円盤の頂部に付いているのは輪のように見えるが実際は丸い球であると釈明していますが、影の輪郭から見て、ランタンの頂部と同じ輪であることも明白です。

さらに、ある方が調べた結果、円盤の着陸ギア(コンデンサー)と呼ばれている丸い球の直径は、船体がランタン利用だと仮定した場合、卓球のピンポン球の直径(当時の規格の38mm)とピッタリ一致したそうです(以下に掲載の比較画像を参照)。昔のピンポン球には赤色もあったようですが、円盤写真(右上)の左の着陸ギアには色がついているようにも見えます。また、ピンポン球には中央に赤道のような細いライン(つなぎ目)がありますが、円盤のギアにも中央に太めの帯状のラインが見え、なぜかその真ん中に薄っすらと細いラインが見えますので、ピンポン球のラインを隠すために帯状に塗った可能性もあるでしょう。彼のUFO写真の全ては端が切れて写っており、支えなしに宙に浮いている証拠画像は1枚もありません。

証拠の真偽判定の話になると、「真実かどうかよりも、伝えられたメッセージが大切」という意見も出されますが、証拠が本物かニセモノかが明確に見抜けない感性では恥ずかしいと思います。私は子供のころから、アダムスキーのスカウトシップの写真に宇宙のフィーリングを感じることがどうしてもできなかったので、「これは単なるモノクロの写り具合でブリキっぽく見えているだけで、肉眼で見ればきっと素敵なフィーリングが感じられるはずだ」とずっと自分に言い聞かせていました。そういう違和感の〝フィーリング〟が土台にあったので、ランタンとの致命的な一致を目の当たりにしたときは、これまで抑え込んでいたものが一気に心のダムを決壊させた感じでした。

なお、アダムスキー撮影の8ミリフィルム(通称:ロドファーフィルム)の円盤について私がまとめた画像入りの検証レポートは70頁近くになりますが、要点だけいえば、円盤の船底の中央に見える小さな突起は、よく見れば中央部分ではなく、端のほうにあり、それは木製模型を斜め半分に切断した際に、切り株のように残ってしまった「3つ目の着陸ギア」です。またフィルムには最初に遠くの空に現れた円盤が、つづく別背景のコマではカメラの至近距離に来ており、遠方から徐々に近づいてくる(大きくなって見える)シーンがありません。これはミニサイズの模型と大きめの模型の二種類を分けて撮影した証拠です。途中で正体不明の閃光が背景に見えますが、これは透明板(アクリルまたはガラス)を傾けた際に日光が反射する位置と一致します。

また、円盤の底面は、初期の写真の円盤と全く違い、完全な平面となっています。これがフォースフィールド(船体磁場)の影響ではないことは、その平面に着陸ギアの影が明瞭に写っていることからも明らかです。

左がフィルムの円盤、右が写真の円盤。底面の構造が異なっている。

さらに、写真とは違い、頂部の球体がフィルムの円盤では小さな膨らみだけとなっており、これは周囲の輪郭の明瞭さから、フォースフィールドによって消えて見えるという説明は成り立たず、頂部に輪のついた金属製のランタンを利用せず、切断加工しやすい木製の模型を使ったためであると思われます。つまり、円盤写真の頂部が球体ではなく、輪に過ぎないことをさらに裏付ける証拠となっています。

フォースフィールドの影響による船体の変形があるというのなら、なぜ船体の左側にはまったく変形が見られず、すべての変形の形は、斜め半分に切った模型を左右前後に傾けた際に(視覚上は)見られる変形と正確に一致するのか、支持者たちは何一つ説明はできませんでした。説明できる人がいましたら、私に連絡をください。フィルムの円盤の変形が磁場によるものではなく、傾きを変えただけのものであることは、船体底面のラインが常に綺麗な一直線であることからも簡単に分かります。底面の輪郭は透明板に貼り付けた境界線なので、模型を前後左右に傾けても直線のままなのです。

左側はアダムスキーが撮影した8ミリフィルムのコマ。右側は半分に切った模型を透明な板に貼り付けたもの。どちらも底辺の輪郭(赤ライン)は常に綺麗な一直線。底辺の輪郭は模型を透明板に貼り付けた境界線なので模型を前後左右のどちらに傾けても常に直線に見える。見かけ上の変形は右側のスカート部分のみ(緑ライン)。円盤の左半分には全く歪みは見られない(黄ライン)。それは模型を傾けた際の見かけ上の歪みと一致している。

模型を透明板に貼り付けたトリックは、すでにずっと昔にUFO研究家の高梨純一氏ら複数の人たちが見破っていました。ただ、海外でも紹介された高梨氏の模型は、〝半分に〟切断したものでしたが、アダムスキーのフィルムの円盤と比べると、外見上の変形が似てはいるものの、一致していなかったので、私は違和感を覚えていました。しかし綿密に検証する過程で、半分ではなく、〝斜め半分に〟切断すると、円盤の変形と正確に一致することが分かり、偽造に間違いないと私は確信したのです。以上、細かい点ですが、重要なところでもありますので、補足しておきます。

今でもUFOのイラストによく使われる、この釣鐘(ベル)型円盤ですが、意外なことに、リアルタイム世代のアダムスキー派の人達にとっては、この形状は魂の奥底から”宇宙のフィーリング”を感じさせる格別のものであるようです。彼らを擁護する意味では、中心に磁気柱があるこの円盤は、座禅を組んだ姿勢の人体チャクラを示した図に似ている感じがして、自然エネルギーで推進するUFOと人体の進化型が一致するようにも見えます。また、磁石を用いたフリーエネルギー装置を研究している人たちから見ると、底面に3個の球があるこの円盤は、永久エネルギーを発生させる仕組みを示しているそうです。

ところが、アダムスキー本人は、この円盤写真を公表した数年後に、「このタイプよりも進化した円盤があり、中心に磁気柱はない」と説明しながらも、写真の公開はありませんでした。これを聞いて私は 「地球よりも何万年も進化しているという異星人が、地球みたいな短いスパンで、蒸気機関車から電車にモデルチェンジするようなことをするんだなあ」と不思議に思いましたが、ずっと後になってから財団から、「地球人に昔の記憶を呼び覚まさせるために、あえてレトロなベル型を最初に見せたのだ」と説明があり、それなら納得できると思いつつも、さずがにあのベル型は現代の地球の宇宙船よりも原始的に見えるから、釈明せざるを得ないだろうなあとも思いました。

この形状のUFOに思い入れの強いアダムスキー世代の人たちは、致命的ともいえる客観的な証拠を示されても、どうしても納得できず、本物であるという印象をこのベル型(通称アダムスキー型)UFOから感じていると強く主張なさることが多いです。それらは単なる意固地さではない、心からの気持ちであるようなので、私なりに分析すると、それはちょうど、卵の殻を破って出てきた鳥のヒナが、最初に目にした動くものを母親だと信じるように、リアルタイムで初めて見た円盤がアダムスキー型だった世代には、これこそが本物だと言う確信が刻印されてしまったのではないかと推察されます。

以前に、大リーグで活躍したある日本人投手は、母子家庭で育った幼児期に、母親が買っておいてくれた冷蔵ハンバーグの味こそが最高だと感じていて、何億円もの年俸をかせぐようになっても、高級ステーキより、その100円のハンバーグを食べるといっていました。それは世間一般の価値観や常識で否定することはできない、個人的な感覚だといえます。

ただ、ランタン模型利用の致命的な証拠に対しては、頭ごなしの否定しかできない支持者の人たちが、アダムスキーを神格化する傾向があるのは、一般的な宗教とも共通するものです。彼は1952年11月に砂漠に着陸した円盤から出てきた金星人とコンタクトしたのが公的には最初の遭遇とされていますが、それ以前から「現在の西暦は61年遅れている」という情報源の不明なことを述べていました。ただ、アダムスキーが生まれた1891年の61年後が1952年となりますので、これを神聖視するか、意図的と見るかは意見が分かれるところです。

アダムスキーが金星人から受け取ったネガフィルムに写されていた文字が、その数年前に考古学者のマルセル・オメ教授がブラジルの古代遺跡で見たもののスケッチ(実物の写真は無し)と酷似していることが、コンタクト体験の信憑性を高めていると支持者に思われています。

左がアダムスキー、右がオメ教授の画像

しかし実際は、オメ教授は弟子(Hubert Malthaner)への手紙の中で、似ていたのは楕円形のマークだけで、その他も文字は教授が加えたものであると述べています。通常、学者の本はあまり売れないために、アダムスキーのベストセラー本に便乗したのであろうと一般的には思われています(教授の本は5年後に出版)。オメ教授は、アダムスキーの本を見るまでは、自分のスケッチを気に留めずに放置していたといいますが、文字だけでなく鍵十字も本当に描かれていたのなら、非常に重大な発見であったはずだと、その説明も不自然とされています。

また、1952年のコンタクト以前に彼が出した「宇宙のパイオニア」というSFスタイルの本の著者名は、アダムスキー教授(Professor George Adamski)となっており、彼は弟子たちに教授と呼ばれていたそうですが、実際には博士号は取得していません。コンタクト後に彼が組織したGAPは、Get Acquainted Program の略ですが、日本語訳の「知らせる運動」というのは、かなり意訳で、「精通する」という意味もありますが、一般的な訳としては「知り合いになる運動」となります。私はこれは少し不自然なネーミングのように感じるとともに、もしかしたら George Adamski Professor (アダムスキー教授)の意味も兼ねているのかなと思いました。

彼を神格化している人たちからは、不敬なことを言っていると叱られるでしょうが、世間一般の目から見れば、私は中立というよりは、かなりアダムスキーを擁護している見方をしているはずです。

ところで、「実はアダムスキーが遭遇したのはナチスの円盤だったのだ」と、わけ知り顔で語る人たちが自称専門家も含めて見受けられますが、以下のようなナチスのUFOなるものの写真が出回ったのはずっと後年のことで、その設計図とされているものも、それより前にアダムスキーの円盤写真をもとにレナード・クランプが描いた図を模倣しているのは明らかです。つまり、UFOマニアによる偽造写真を用いた陰謀論に過ぎない可能性が極めて高いといえます。

もっとも、信じ込みやすいという点では、アダムスキー信者と陰謀論者には共通した性質も見られます。UFOや異星人の存在を信じない人や否定する人よりも、偏った見方や、ゆがんだ信じ方をしている人のほうが、事実に直面した際にそれを受け入れる姿勢が示せないものです。

私は子供のころからアダムスキーの体験には信ぴょう性を感じて、一般の支持者の方たちとは、真実を探求する仲間という意識を持ってきていましたが、アダムスキー研究家もしくはアダムスキー派を自称する人たちがなぜ真摯に真実を探求しようとせずに、目をそらすのかが理解できませんでした。

アダムスキー支持者の人たちが聖書にように称える「生命の科学」は、「エゴをなくして、宇宙の意識を感じる」という教えですが、それが支持者たちを〝エゴの専門家〟にしてしまっているのを強く感じます。自身のエゴを認めて改善していく代わりに、それを隠蔽して宇宙意識に仮装させてしまっているベテラン信者の方たちを数多く見てきたからです。いくら隠蔽しても、エゴの放つ独特の雰囲気を隠すことはできません。

後年になって分かったのは、彼らが表向きに常に語っている「エゴを捨てて謙虚になりましょう」「地球人類を救うために人生を捧げたい」という言葉の背後に、「進化した異星人から選ばれている自分」という優越意識を保ちたい願望が心の奥に核として存在していることが分かりました。そしてその意識を揺るがすような事実を指摘する声には耳を傾けず、私との関わりを拒みながらも、私の足をすくえると勘違いした際は急に強く批判してくることもありましたが、私が明確な証拠を示すと、黙り込むか、急に話をそらして逃げるか、あるいは無関係のことで私を批判したり、誹謗中傷したりしてきました。その情けない自己保身の姿を目の当たりにして、彼らが根深い劣等感を抱えていることを感じ、気の毒に思いました。しかし、その劣等感をぬぐいさるためには、それ自体が幻想であることを知り、真実に向き合う勇気を出すしか道はありません。残念ながら、アダムスキー支持者の大半は、余生を心地よく過ごすために、空想世界に逃避してしまっています。未来の世代のために、エゴを克服してほしいと私は心から願っています。

稚拙な合成画像

「写真解析でUFOと金星人が写っていた」という海外のアダムスキーマニアの情報がネット記事や雑誌で紹介されていましたが、これをアダムスキー財団や信者たちが素晴らしい発見だと受け止めていることには呆れるほかありません。「我々はレベルの高い魂を持っている」と自負している彼らの目はどれだけ節穴なのでしょうか。不鮮明な画像の明暗やコントラストを補正することは可能ですが、元画像に全く見えなかった形状を明瞭に浮かび上がらせるためには、画像を描き加えるしかありません。

以下の画像は、太陽によるレンズゴースト(もしくはフィルム劣化によるノイズ等)にUFOを描いて、解析によってUFOの形状が現れたと主張しているものです。よくある3D画像を利用したものでしょう。

以下の幽霊のような人物画像は、山肌を拡大すると金星人オーソンが写っていたというものですが、右側のトリノの聖骸布(遺体を包んだ布に写っていたイエスの顔とされるもの)と酷似しています。アダムスキー信者はオーソンはイエスの生まれ変わりと信じているため、そのデスマスクとされる画像を利用したのではないかと思いました。オーソンには髭がないので、顎のラインと首の影を描きこんだせいで、そこだけ周囲より鮮明になるという不自然な出来上がりとなっているように見えます。

このような愚かな老害の信者が見苦しい小細工で表舞台に出ることで、真面目な関心をもつ人たちを門前払いしてしまっていることに、彼らは気が付いていないのです。