危ういUFO・偽オカルト・スピリチュアル業界・陰謀論

愛がない、ネガティブ等と言われるかもしれませんが、あえてきついことを書きます。

残念ながら、私はUFO業界やスピリチュアル業界には友人がいません。私の友人は、それらに懐疑的もしくは中立的立場の人たちばかりです。UFOという正体不明なものを宇宙人と結び付けるためにUFO教を広めようとしたり、苦痛や苦悩の感覚をスピリチュアルという催眠で麻痺させたりするビジネスに違和感を覚えているからです。

私の翻訳書の読者の方から「益子さんは名前が売れてないから、有名な〇〇さんや〇〇先生とSNSでつながって、紹介してもらうといいですよ」と親切心でアドバイスをいただくこともありますが、どれほど人気や影響力があろうと、子供だましの嘘を平気で言っている教師たちや、その支持者たちと繋がりたいとは全く思いません。世界を救う使命をもった偉大な魂の存在だと自画自賛して、大勢のファンと盛り上がってお金と地位を得ても、真実を装った偽りの世界に私は興味はありません。

イエス・キリスト、聖母マリア、天照大御神、大天使ミカエル、高次元・天界の存在などの偉大な存在からメッセージを受けているという自己宣伝をしている人たちもいますが、本当にそのような体験をしている人は公に語ることはしないでしょう。ただ粛々と行動するだけです。

スピリチュアル業界は、心を病んだ人たちと詐欺師たちの需要と供給のバランスで成り立っています。UFO業界は、過去何十年にも渡って多くの嘘を重ねてきた老害たちがいる状況で、その下の世代の詐欺師たちはスピリチュアル業界と融合しています。これらをできるだけ肯定的に見れば、エンタメとして割り切っている同士の関係とも言えるでしょう。娯楽ではなく真実を求めている人は、「宇宙連合」等という言葉が出てきた時点で、それ以上の話を聞くのは時間の無駄でしかないと思っていいでしょう。

こう言う私に「あなたは不幸な方なのね~」と言ってくるような人たちは、私が述べたとおりであることを証明していますが、僅かにいる本物のスピリチュアリストやUFO研究家なら、「たしかにその通り」と納得するでしょう。

スピリチュアル・UFO業界は玉石混交ともいえますが、玉と石の割合は1対99ほどですので、神社や寺院に鳥居や仁王門があるように、最初に穢れを落とし、礼節を保つためには、乱れた心をもつ人たちや詐欺師たちを諭す意味で、あえて最初に厳しいことを述べています。

それは、皆さんの周囲に、自由という名のもとに、「不倫や殺人とは人間が勝手に悪と決めつけているだけ」と言って容認している人がいれば、自分に近づけたくないのと同様です。正常な感覚が麻痺したスピリチュアル系の人の笑顔にどこか病的なものを感じるのが、健全な心の持ち主です。

現実の世界では、さまざまな謎に対する答えはなかなか見つかっていません。しかし、ひとたび答えを知っている人を探すならば、無数の自称「真理を知る者」たちが、あらゆる答えに具体的な回答を示しています。そしてその大半が、真実性の乏しいものとなっています。

最近では「困ったときの〝異空間〟頼み」とばかりに、カメラの至近距離を飛ぶ虫がコマ飛びで写っていたら「異次元ポータルから出現したUFOだ!」となり、空に(通常は無音の)稲光が見えたら「雷なのに音がしない!時空の歪みからの発光だ!」となり、「気を失って目覚めたら〇時間も経過していた。異空間に迷い込んでいたのか!」などとなります。まるで現実的な検証ということを考えたことがないかのように、アニメや映画の世界でしか存在しないタイムリープを信じ込んでしまいます。

理屈は無敵です。あるカルト宗教の教祖の説明の誤りを私が客観的な証拠を示して指摘すると、信者は「そうですね。間違っています。それは私たちを試すために、わざと間違ったことを言ったのです」と返答してきました。まさに、ああいえばこういうです。

スピリチュアル業界というのは、いわゆるネズミ講と本質は同じです。講師は「豊かになれるノウハウを教えます」等といって、それを渇望している人たちからお金を取って生計を立て、高額セミナーを修了して、価値のないカタカナの資格を得た教え子たちが講師となって、新たな顧客を募って集金活動をしていきます。そこでは真実か嘘かは重視されません。「ワクワク」という名のスピリチュアル・ジャンクフードの中毒にさせることで、勢いで誤魔化せるからです。

そもそも「クライアント(顧客)」という概念が存在すること自体、スピリチュアル業界が依存者を作り出す霊感商法でしかないことの証となっています。そして今日も、新たなクライアントを求めて、ブログやLINEやユーチューブで〝無料の〟メルマガや鑑定といったエサがまかれて、悩みをもった多くの人が釣られています。

陰謀論は、まともな研究者もいますので全否定はできませんが、いわゆる〝愚民〟を見下す上から目線の陰謀論者は、後付けの曖昧な根拠しか持たず、勢いで誤魔化すために断定口調となり、すぐに操られる人たちも受け売りの断定調で情報を拡散します。偽陰謀論者は壮大なスケールで語り、歴史上の大事件や大災害にも後付けの理由で陰謀と決めつけ、計画されている未来の出来事を予言のように語りますが、予言が実現したことは一度もなく、事件や災害が発生した直後に「実は前もって計画されていた」という理屈をこじつけます。同時にニセモノの画像や証言なども拡散させます。近年は開き直って「予言は発表することで実現させないようにできる」という保険を掛けている人たちも増えています。陰謀論者はスピ系お花畑を見下しますが、手口は同じものです。

私はUFO、異星人、龍神などについて実体験や撮影動画をベースに話をしているために、そういう方面の話ができる人物だと思われがちですが、UFOには全く興味はなく、見えない世界だけを語るスピ系の人たちとは波長が合わない現実重視の人間です。

あえて誤解を恐れずに言えば、「UFOなどと言い出すのは変な人」「スピリチュアルとは心の病気」というのは、ほぼその通りです。もちろん例外はありますが、それは「オレオレ詐欺の電話の中には本物の孫もいる」くらいの確率です。ただし、趣味や興味の範囲でUFOやスピリチュアルの世界に足を踏み入れている人たちの中には、まともな人たちも多くおられる一方で、それを生業としている者たち(プロ)の大半は詐欺師と思って間違いはありません。そうではないプロならば、同じ見解を持っているでしょう。ただ、「お金儲けをしている者はニセモノ」と言いながらも、間接的な集金活動をしている人たちもいます。

たとえば、健康や環境に良いとされる自然のものを求める人たちは「意識が高い」と言われたりしますが、根拠のない怪しげな健康食品や陰謀論を鵜呑みにしてしまう人たちは、自分たちは「意識が高い」と主張し、それ以外の「常識にとらわれた」人たちを見下す傾向があります。しかし実際には、胡散臭いものを敬遠する一般的な人たちのほうが、まともであるのです。同様に、ニセモノが99%を占めるスピリチュアルの世界の住人たちの99%も、俗世間の一般人よりも意識が低いと言えます。

スピリチュアルという薬物に染まってしまっている人たちが共通してい言うのは「何も心配する必要などなかった。はじめから完全で、そのままで大丈夫だったんだ」という〝悟り〟です。そして戦争や事故で人が命を落とそうと、「ネガティブなものは見ない」と言って、笑顔を保ち、悲しむ人たちには「死が幻であることに気づかないのね」と哀れみます。ところが、ときどき禁断症状を起こし、恐ろしく暗く落ち込みますが、「愛と調和」という薬物を再び摂取することで、明るさ200%の笑顔(スピリチュアル・スマイル)に戻ります。しかし健全な人の目には、それは心身ともに病んでいる悲惨な姿にしか見えません。

そのようなお花畑系のスピ系とは別に、インテリ系の〝悟った〟人たちが共通して言うのは、「この世界は神のゲーム」という、良く言えば「宇宙とは、無限の展開を見て神が楽しんでいるもの」、悪く言えば「この世界が存在するのは神の暇つぶしである」という達観です。このような考えのカリスマに依存する人たちが、カルト宗教を支える駒となっています。カルト教が危険なのは、お花畑系よりも積極的に「死は幻にすぎない」という考えを実践していく、つまり、「これ以上の罪を重ねさせないように、肉体から解放してあげよう(殺してあげよう)といって、殺戮を正当化することです。宗教で洗脳されずに戦場に送られる兵士は、「敵を人間と思うな」と教えられて必死に攻撃を続けますが、多くの場合はPTSDとなり、復員後には普通の生活に戻ることが難しくなってしまいます。

ネットで広まる偽スピリチュアル 

魑魅魍魎の蠢くスピリチュアル業界の内情を知らない一般の人たちが騙されやすい「真理」と称するものがネットでも拡散されているようです。簡単にいえば、「この宇宙は、神が自分自身を客観的に見るために創造されたもので、神は全てを経験したいと思っている。人間も神であるが、正義や悪という概念は人間が作り出したもので、経験に善も悪もない。人の命を救う体験も、人の命を奪う経験も、神の視点では全く同等の価値ある体験なのです」というものです。

このお話は海外のスピリチュアル由来のもので、いわゆる「99%の真実に1%の嘘を混ぜる」という厄介なものです。魂は不死という観点から見れば、死は悲劇ではなく、正義や悪は人間の倫理観や宗教観でしかないでしょう。

「正義や悪は人間が勝手に作ったもの」と言って「そうですよね」と納得させて、「だから、殺すことも悪ではない」とミスリードして納得させるもので、過去に殺人事件を犯したカルト宗教と本質的には同じ洗脳論法です。

それは殺人を正当化する詭弁に過ぎません。道徳や宗教を知らない人でも、誰かに親切にすれば心が温かくなり、悲しませると心が平穏ではなくなるのは、自然(神)の本質は「生かす」「創造する」という方向性を持っていて、「殺す」「破壊する」という方向性は自然(神)の意思に反するものとして不自然さや痛みを覚えるものです。それは正義や悪といった判断以前のものです。

「死は幻」「生かすも殺すも価値は同じ」「神にとっては全てが尊い経験」という教えは、「神は自分を客観的に見るために世界を創造した」という見方によって正当化されますが、そこには一番大切なものが欠落しています。私がいうのはおこがましいですが、それは「愛」です。愛は自らを捧げるものだとすれば、神が自らを捧げて誕生したのが宇宙であり、人間が動植物よりも神に近いというのは、ほぼ本能で生きるのではなく、人間は自由意志をもって、神の本質(生かすこと)とは逆のことをする自由意志すら与えられるほど愛されているからだと思います。本能のままではロボットと同じですから。

神にとっては、「生かすこと」と「破壊する(殺す)こと」は同じ価値ではないはずです。後者は神を悲しませることであるはずです。道徳も宗教も知らない幼い子供たちは、このことをわかっていますから、巧みな偽スピリチュアルにだまされることはありません。私はクリスチャンではありませんが、聖書の「天国とは幼な子のものである」という言葉はそのとおりだと思います。

私は自分が絶対の真理を語っているというつもりはありません。詳細は述べませんが、私は大切な人を殺されています。けれども、殺した相手を憎む気持ちにはなれませんでした。私がそうすることを望んでいないと感じたから、そして私は愛することと憎むことを同時にはできなかったからです。肉体が壊されても魂は永遠なのだろうとは思いますが、形あるものが消えてしまうことの淋しさは残ります。しかし、死という出来事をもって、命というものが、かけがえのないものであることを学ばせてもらえました。大きな視点で見れば、それは亡くなった人があらかじめ計画していた人生プランであったのかもしれません。けれども、「命を大切にすることも、命を奪うことも、体験という意味では全く同じ」であるのなら、命あるものを大切に想う気持ちが生まれることはなかったでしょう。

日本の役割について

欧米色の強いスピリチュアルとは対照的に、国粋的あるいは選民思想的な考えをもつ人たちが「日本人の偉大さ」について声高に主張することもあります。私個人は、日本または日本人のもつ特殊性とその役割については、そこに重要な真実性があると思ってはいますが、日本人が他民族に比べて優秀であると強調する行為自体に、自画自賛をせずに謙譲を美徳とする日本人の良さが欠けているように思うとともに、選民思想をもつ人たちには、気高さや無私の心とは正反対の、不純な我欲を感じてきました。彼らの本心は、日本人であるという条件だけで、自分の価値を自動的に高めたいという隠れた願望であると強く感じるからです。ですので私は、日本が救世主になると、高い位置から唱えている人たちとは距離をおき、「日本や日本人には重要な役割が与えられているのだから、その期待にそえるように最善を尽くそう」という真摯な気持ちを持っている人たちとだけ、気持ちをひとつにしたいと思っています。

金星人ヴァリアント(ヴァル)ソーについて

チャネリングメッセージと同様に、UFO業界で以前からある信ぴょう性のない情報の中に「金星人ヴァリアント(ヴァル)・ソー」と言われる存在があります。ヴァリアント・ソーとは、キリスト教の教会を主宰するフランク・ストレンジズ氏が、1950年代末から1960年代初頭に彼が頻繁に会っていたと主張する人物で、アイゼンハワー大統領とも会った金星人であると、1990年代になってから急に言い始めたもので、それ以降、他の自称コンタクティらもその人物と会ったと語っています。

しかしストレンジズ氏が、あたかも自分が撮影したかのように自著に掲載しているヴァリアント・ソーの複数の写真のすべては、金星人とコンタクトをしたというハワード・メンジャーの集会で、退役空軍写真家のオーガスト・ロバーツ氏が1957年に撮影した聴衆の写真を、なんの注釈もなく無断で転載し、その中の一人を金星人ヴァリアント・ソーと紹介しているものです。ストレンジズ氏は自分が数年間に渡って何度も会っていたというヴァリアント・ソーの写真を、なぜ他人から無断借用する必要があったのか(なぜ自分自身は1枚も写真をもっていないのか)を考えれば、おのずと答えは出てくるはずです。良識ある欧米のUFO研究家の間では、ストレンジズ氏の話は全て自身の教会のプロパガンダ用の作り話だとみなされており、彼が紹介する金星人の儀式もキリスト教色が強い、非常に古めかしいものです。これらの背景は、スピリチュアル業界ではあまり知られておらず、実在する高位の人物として自称コンタクティらの体験談に登場しています。

ストレンジズ氏によるヴァリアント・ソー紹介本の日本語版を出した、たま出版社長の韮澤潤一郎氏に上記の指摘をしたところ、著作権にこだわる私の性格に問題があると、論点をずらした批判をされましたが、出版社の社長が著作権を軽視することのほうが問題かと思いました。

UFO・偽オカルト・スピリチュアル業界について

霊的現象や霊的存在は確実にあると私は認めますが、実際に霊が見えるという人たちによれば、低俗な霊が霊感のある人に対して、神々の名で話しかけているのをよく見かけるそうです。例えば「われは〇〇神である。そなたは〇〇(偉人)の生まれ変わりであるぞ」等と語りかけて、相手のエゴを満たして、自分を崇拝させようとしたりするものです。そういう偽りの神々を自身のブランドに持つスピリチュアル教師たちは、低級霊につながっている独特の(品性のない)オーラを持っているように思います。

私の個人的な印象ですが、神々とされるほどの気高い存在は、言葉にならない瞬時の印象もしくは象徴(シンボル)的なもので伝えてくることが常であり、冗長にしゃべってくるのは、高次元存在になりすました俗っぽい霊か、もしくは本人の幻聴だろうと思います。

もし少年時代の私が今の自分のこのサイトを読んだら、「この人は随分と疑い深い人だな」と思うでしょう。私が一読者の立場であれば、今でもそのように感じていたはずです。実際に偽オカルト・スピリチュアル業界の人たちと関わる経験をして「この分野の人たちは、こんなにも自然に、まるで息をするかのように嘘がつける人たちなんだ」という一種のカルチャーショックを受けました。

私は翻訳書を出したり、世間に出回っている情報を検証していますが、本音を言えば、それらはできるだけ避けたい作業です。その労力の大半は、「本当か嘘か」という検証に費やされてしまい、人を疑うことは精神的に辛いからです。それとは逆に、自身の体験については、客観的な視点で見る難しさはあっても、意図的な嘘を疑う必要がないので、余計なストレスはありません。

「UFOの推進機関は社会の根幹を変えてしまうため、権力者はそれを隠ぺいしている」と、政府に情報公開を求める運動で寄付金を募っている「正義の」人たちもいますが、私がそれらの団体と距離を置いているのは、彼らが目的のためには手段を選ばず、偽りのUFO映像をプロパガンダに利用しているからです。どのような立派な理由であれ、それが世界平和や環境保護のためであろうと、相手の非を叩きながらも自身に都合の悪いことには沈黙をするダブルスタンダード(二枚舌)の人たち、つまり嘘をつく人たちの根底には利己主義があり、最後には自己保身に走るという事実を私は何度も目の当たりにさせられてきました。

私は「UFOのクリーンで無尽蔵のフリーエネルギーで地球の危機を救おう」などとも言いません。今の人類にそんなものを与えようものなら即座に軍事利用されてしまいます。核兵器の廃絶とか、憲法をどうするとか、そういう外側の問題だけではなく、かといって、霊的世界とか異次元世界などのオカルト的なものに逃避してしまうのでもなく、人間として日々を心身共に健全に生きているために、地に足をつけて、命の本質を見つめ直し、自然を探求し、科学的な姿勢で真実を学習していく姿勢が必要になってくるはずです。

自分の過去世は〇〇星の指導者だったとか、高次元存在に守護されている等と私に言ってくる人たちは、そんなアピールをするよりも、公園のゴミ拾いをしてもらったほうが世の中の役に立つでしょう。

「あなたがこのセミナーに来たのは偶然ではありません」

「あなたは特別な使命を持った選ばれた人なのです」

「急がないともう時間がありません」

これらの文句はスピ系詐欺師たちが使う三種の神器です。自尊心や承認欲求を満たして、慎重に考える時間を与えない策略です。また、精神世界系の人たちには、「既存の社会常識にとらわれない」という口実のもとに、異性関係の乱れた人が多くいます。

スピ系の定番として高次元存在とのチャネリングというものがありますが、そこで利用されている量子力学や心理学は本来の先端科学を誤用しており、いわば有名ブランド品の模造品のようなもので、予言が外れれば「予言が実現しているパラレルワールド(平行世界)がある」と釈明し、メッセージを送ってくる高次元存在は、〝集合意識〟であると、個人よりも格上であることを強調します。本来の意味の集合意識とは、メッセージを伝えてくる饒舌な存在ではなく、海のようにつながった状態の意識を指します。それは例えばSONYという会社組織に集団としての企業理念はあっても、集合意識SONYなる存在が社長の口を通じて語り掛けてくることはないのと同様です。太陽や月がしゃべってもいいのは物語や詩の世界だけです。

ところが、いわゆる残留思念(または地縛霊)とされるものは、波長の似たものが引きあって、ひとつの集合体となっているケースがあるようです。つまり、チャネラーたちが高次の集合意識と呼んでいる存在は、地上レベルの霊的集合体あるいは低層アストラル界の存在が、高次元存在になりすましてメッセージを送ってきている可能性も高いように思います。

よく「そなたは〇〇の生まれ変わりであるぞよ」等と太古の神々や歴史上の偉人・聖人の名前を伝えてくる存在は、低級霊とみて間違いないでしょう。本当に生まれ変わりである場合は、それを告げることにより本人のエゴを増大させてしまい、果たすべき使命とは外れた道を歩ませてしまう危険性があるため、高級霊ならば告げないものです。そもそも、過去に著名人だったことを知ることで使命を自覚するということ自体が健全なものではありません。昔、前世の記憶を語るサイトがあり、そこを閲覧したところ、「お城のお姫様」の記憶を持つ女性が多数おり、お姫様がそれほど多い時代があったのだろうかと思いました。

半世紀以上も前から繰り返されているチャネリングメッセージの定番は、「皆さんはもうこの地球を卒業する準備ができています。数年以内に皆さんのDNAに変化が起きて光のボディに生まれ変わります」という近未来の予言で、それら全てが数年ごとに外れることを繰り返しながらも、「今度こそは本当です」という予言が今現在もチャネリングで伝えられています。普通なら前科だらけのオオカミ少年の予言を信じる人などいないはずですが、いつの世でも現実逃避願望の人たちからの需要は絶えません。

私は予知能力を否定するものではなく、自身でも大地震の発生場所を1か月前に夢で告げられたことがありましたが、私の知るある有能な透視能力者は、電話霊視相談の会社に登録しようとして、全ての採用試験に不合格となりました。その理由は「不倫はダメ」と断定したからで、霊視相談の顧客の大半は自身の不倫を応援してくれる先生をハシゴしている女性たちだからです。不倫という罪悪感を打ち消すために「ソウルメイト」「ツインソウル」という概念が適用されます。

チャネリングの場合、チャネラーよりも、そのメッセージを伝えてくる存在に商品価値があるため、イエス・キリスト、大天使ミカエル、アシュタールコマンドなどの名前が使われますが、同じ存在をチャネリングしている複数のチャネラーが、自分こそが本物だと主張しています。

メッセージを伝えてくる宇宙存在が実在するのかについて検証するのはあまり意味がないと思います。なぜなら、チャネラーもその支持者たちも、真実かどうかについては、どうでもいい、知りたくないと(本心もしくは無意識レベルで)思っているからです。要はメッセージを聞いて自分がハッピーになればそれでいいのです。たとえていえば、アイドルが「私は恋愛をしません。ファンの皆さんが恋人です」と言って、ファンはアイドルと疑似恋愛をして幸せになれば、ビジネスは成立します。真相を暴こうとするのは野暮というものです。

ですので「〇〇という高次元存在についてどう思いますか?」という質問に私は答えられません。実際に文字だけでは判断がつきませんし、高次元でも本人でもない別の何かかもしれません。あくまで個人的な印象としては、海外の有名なチャネラーたちが宇宙存在からメッセージを受けている動画を見た際には、本人が頭で考えながら話しているように思えました。自身の経験上、別の意識が入り込んだ状態の話し方ではないように感じたからです。何十年も前から「まもなく宇宙人とのオープンコンタクトが始まります」と言い続けている銀河連合なるものは、地球人の空想による真実性のない新興宗教に過ぎません。信じている人は「真実を感じる高度な感覚」を持っていると思い込んでしまっていますが、実際は感覚が麻痺して酔っている状態にあることに気づいていないか、あえてその状態を好んでいるのでしょう(お酒が人生の楽しみである人と同様に)

不思議体験とされる超常現象、霊現象、何かの声が聞こえる等の話は、意図的または無意識の作り話や思い込み、幻覚幻聴といった精神疾患の範疇にあるものがあるため、すべてがそのまま事実だと鵜呑みにしないことが前提となります。その前提をタブーとするのは商売や思想信条による偏った見方をする人たちです。目で見ているものは実際は脳で処理した映像ですので、実在しないものも「見る」ことがあります。振動数の異なる存在を見る場合は見え方に差がありますが、金属的なUFOなどが「自分だけ見える」というのは、実在しないものでしょう。

いわゆる異世界と言われるものには、霊界または神智学でいうところのアストラル界などの階層世界と、パラレルワールド(並行世界)と言われる別の時空間説があります。霊と言われるものは、亡くなった本人である場合と、その残留思念及びそれと同調して引き寄せられた想念の集合体である場合があると考える専門家もいます。いずれも、いわゆる成仏または浄化させるべきものとされています。

パラレルワールドへ迷いこんだとされる体験は、肉体を伴ったまま別の時空間へ入り込んで戻ってきた、つまり一時的に姿を消して、戻ってきた時には本人が感じていたより多くの時間が経過していたという証言が多くあります(その逆の体験談もありますが、その場合は行方不明騒動になりにくく、幽体ではなく肉体が他の時空間へ移動した証拠の確認や、幻覚との区別が難しいです)

これらは、いわゆるアブダクション(異星人による誘拐事件)と一致する点が多く、どちらも一人もしくは少人数で周囲に人がいない状況や、運転中などで発生しやすく、アブダクションの場合は、記憶の消去または差し替えといった一種のマインドコントロールがなされることが多いと報告されています。パラレルワールドへ迷いこんだ体験も、実際は誘拐させた後に記憶の植え付け又はデフォルメがなされたとみると、説明がつくようにも思われます。

ですので、パラレルワールドの体験談を時空の歪みによるものと決めつける前に、もう少し現実世界の範囲内で考察する必要もあるかと思います。ただ、面白おかしく話題にするほうが関心をひくことはできるのでしょう。多くの人は、地道に一歩ずつ努力を重ねないと理解が進められない真実よりも、ワクワクさせてくれる嘘のほうを信じたいと思うものですから。ただし、作り話をするプロたちも、それを本物らしく見せるために幅広い雑学を身に着ける必要があるので、多大な努力をしています。たとえていえば、真剣勝負ではないプロレスでも、相手の技を受ける強靭な肉体を作り上げる必要があり、中途半端な格闘家よりも遥かに強いもので、だからこそ長丁場の興業が継続できているのです。ただプロレスは立派なエンターテイメントであるのに対して、ニセオカルトは真実を歪曲させる罪深い行いであることが大きな違いです。

テレビやネットに氾濫するに偽情報ついては、『ウソオカルト情報局』というサイトが参考になると思います。事実に基づいた指摘をネガティブだと感じる人は、スピリチュアルという名のジャンクフードで健全な味覚が麻痺させられている恐れがあるでしょう。私自身は、目に見えないものを疑ったり否定したりする者ではありません。それら深淵で神聖なものを軽々しく扱うことを戒めているだけです。

最後に、何事も他人からの受け売りや、根拠の薄い思い込みで推測したり結論を出したりせずに、自分自身で実際に経験してみないと本当のことは分からないものですが、いろいろと経験した人なら共感してもらえるはずですが、「UFOスピリチュアル業界には価値のある真実は何もない」ことを私は学びました。私たちが本当に見習うべき異星人や異界の存在は、魑魅魍魎のうごめく業界とは無縁のところで、庶民に奉仕する世話人として目立たない場所で日々働いていることを私は知っているからです。