出向先のオフィスの一室
コロナ禍でのひとり体制
徒歩圏に宿を借りている
徒歩とはいえ優に30分
着いたときには汗だくだ
セキュリティ万全のビル
カードなしには入れない
入室したらまずは着替え
汗まみれの服を脱ぎ捨て
廊下の洗面所で体を拭く
はっと気づいた時は遅し
一瞬で汗が冷や汗となる
カードを室内に残してた
もはや入室不可能となる
上半身は裸で手ぶら状態
スマホも財布も部屋の中
もちろんPCもデスクの上
通信手段が絶たれた状態
公衆電話用の小銭もない
裸のままでは外へ出れず
明日からは週末の二連休
万事休すということか?
ポケットの中に鍵がある
宿に戻れば通信が可能だ
いや裸では通報をされる
上半身だけなら大丈夫?
いや絶対に変に思われる
廊下で三日三晩過ごすか
ここには給水機とトイレ
冷蔵庫には多少の食べ物
生き延びるのは可能だが
週末に管理人と会ったら
上半身裸の不審者になる
いやその前に無断欠勤だ
いや電話に出ないのなら
昨夜の地震を心配される
絶望的な状態だけれども
どこか冷静な自分がいる
脱出口を探すかのように
周囲をぐるりと見渡した
エレベーターと廊下の間
目隠し用の薄いカーテン
無地だから使えるかも?
レールから簡単に外れた
上半身にぐるりと巻いて
ベルトで締めて鏡を見た
古代ローマ人の男がいた
後ろ姿を見ても悪くない
むしろお洒落にも見える
体を鍛え上げているため
筋肉ナルシストみたいだ
人目につかない裏道でも
15分で走り抜けられる
意を決し非常階段に出る
さいわいにも人影はない
緊張した足で階段を降り
顔を下に向け駆けだした
マスクも室内だったから
冷たい視線を避けるため
人通りの少ない道を選ぶ
30度近い気温の中でも
息を殺して静かに駆けた
道行く人は振り向かない
目立ってはいないようだ
坂道も一気に駆け上がる
太ももがパンパンになる
やがて宿が視界に入った
宿のあるビルに辿り着き
エレベーターには乗らず
階段で5階の宿へ駆ける
部屋に入ってPCを開ける
滝のように汗が溢れ出す
隣町に住む同僚にSOS
快く出向に応じてくれた
手早く別の服に着替える
そしてまた徒歩で30分
車の同僚と同じ所要時間
不思議と疲れない30分
同僚の笑顔に迎えられた
当日に社内で命名された
テルマエ・ロマエ事件と